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教えてください

 投稿者:夏舟  投稿日:2009年 7月 4日(土)20時50分37秒
  アスパラのインタビューが掲載されるのはいつでしょうか?
もしかして今日の新聞ですか?
 

アスパラのインタビュー

 投稿者:なだ いなだ  投稿日:2009年 7月 4日(土)00時41分8秒
  朝日新聞のあすぱらという付録にインタビューが出ます。小さな記事と馬鹿でかい写真。その反対にたくさんの記事と、小さい写真の方がよかったのだけれども。ままならない。抽選で選ばれた20人の人に、ぼくの「振り返る勇気」がプレゼントされるようだ。
最近、孫が世話になった大学教授に古い本を送った。ぼくが50台の半ばごろに書いた本だ。読み直したら、自分の本ではないみたいに面白くて、とまらなくなっちゃった。「どうでもいいようで、やっぱりどうでもいい話」という長たらしい題の本だ自分としてはこっちがプレゼントにいいと思うが、もう書店にはい。残念だ。
近況を報告。
 

シール

 投稿者:バスタオル  投稿日:2009年 7月 3日(金)23時32分36秒
  なんです。肛門にぎょう虫は卵を産み付けるらしく、それをシールにくっつけるのです。2日連続で。私(40代)の子供のころも同じでした。
私も、親を許せるようになって、やっと子ども卒業ができかかっている、と思っていいんですね。それにしても、時間がかかりました。
 先日、子育て講演会かなんかの資料を読んだら、どなたの会だったか忘れてしまったのですが、「今、特に男の子は40まで親が面倒を見なくてはならない、40過ぎて自立です」なんてオソロシいことが書いてありました。私、その頃生きていないかもです(生きていなくていいのかも。息子のためには)。
 なださん、返信ありがとうございました。こういうやり取りができるってとてもうれしいです。
 

届けたい思い

 投稿者:夏舟  投稿日:2009年 6月30日(火)20時03分12秒
編集済
  夏舟です.

なださま,返信ありがとうございます.
わたしも感受性豊かでしたが,好奇心の方が勝っていた子どもでした.
なので,肛門シールペッタンは開放感もあり快感ですた.

ところで,おっしゃるとおり.
生意気な娘で・・もういいかげん子ども卒業したいです.そのためになださんの本を色々読んできたのだし...(だけではないですけど).なのに,指摘してもらわないと中々できない..
届けたい思い,届かない思い...今までの感謝の気持ちを込めて,母が元気なうちに,ここで思い切ってやってみます.親と子が一人の人間としてほんとうに向き合えるように.

また事後報告などさせて戴きます.
この度はありがとうございました.
 

シールをペッタン?

 投稿者:なだ いなだ  投稿日:2009年 6月30日(火)01時41分52秒
  なだ いなだです
肛門にシールをペッタン?そんな検査をやるようになっていたんですか。ぼくたちはウンチをシャーレかなにかに入れて提出したな。だからお母さんにペッタンなんて、恥ずかしいことを経験しないで済んだ。感受性豊かだったから(?)絶対拒否したね。
ところで、そう突っ張っていないで、さりげなくお母さんの好物をちょっぴり送ってあげて、なんだい、どういう風のふきまわし?なんて電話をかけてこさせるのもいいのじゃないかな。照れながら喜ぶよ。人間が小さなことで人を喜ばせることが出来るという経験できる唯一の実験台が家族です。他人にそんなことをしたら、変に勘ぐられる。だから形式的な贈り物のやり取りの関係しか出来ない。子どもが親を許せるようになって、初めて子どもでなくなる。子ども卒業です。卒業したくないのなら事情は別ですが。その後は、親と子が一人の人間として向き合える。ぼくはアルコール依存の治療を始めたとき、患者さんの半分が父親くらいの年齢だったので、親くらいの年齢の患者さんと、一人の人間として付き合っていかねばならなかった。そのためには子どもでなくなっていることが必要だった。分かるかな。この心理。
 

懐かしい思い出

 投稿者:夏舟  投稿日:2009年 6月27日(土)22時17分46秒
編集済
  夏舟です.

話それますが,
小学校の「ぎょう虫検査」,母との懐かしい思い出です.

わたしも無邪気にもシールをペッタン貼られるのを喜んだひとりです.可愛い子だったと思います.今やったらMかと勘違いされそうですが..
小学生の低学年の頃は親とは「無条件に自分を愛してくれる存在」だったと思います.そして思春期あたりから,徐々に親に対して懐疑的になり,高校に行く頃はすっかりさっぱり興味も失せ・・.こんな親のもとに生まれた自分の不幸を嘆きました.(←かなり大げさ)

母との葛藤は未だ続いていますが,母には母の人生,私には自分の人生,それぞれ別々のものであり,みな自分の人生を生き抜ければいいと思ってます.母親とは普段連絡を取りませんが,母親のことは毎日一回は頭をよぎっています.もっとも母親と一緒にいるのが楽しければ,もっと頻繁に連絡を取り合うと思いますが,それ程でもないということでしょうね.
それでも残り少ない人生,彼女がしあわせになればいいと月に祈ってます.

今なださんの「こころ医者の手帳」を読んでいます.
 

親子

 投稿者:バスタオル  投稿日:2009年 6月26日(金)22時35分53秒
  キーママさんと夏舟さんの思いが深く心に響きます。
 なださんの親子の考え方は、確か「役割」からただの「関係」にうまく転換していくことが必要だということだったかと思い出しています。
 私自身、親がうるさく感じられ早く家を出て自立したかったし、実際親と関係ない所で就職し、一人でやろうとがんばっていました。その前後になださんの本に出合い、親子の考え方に深く共感し、娘を追いかける親を疎ましく思い、間違っている、早く子離れしろって感じでとても親に対して冷ややかな娘でした。なださんの考えを自分の都合のいいように解釈していたのかもしれません。
 いろいろあって今、自分が親になり、小さな息子に手こずりながら、この子もいずれ、親を蹴飛ばして背伸びして出て行くのだろうなあと想像します。そして、その日はまだまだと思いながらも、その時に私もキーママさんのようにどうしようもない寂しさを抱えてもがくのだろうと思います。
 先日、小学校からぎょう虫検査のシールがきて、「おしりぺったん検査するからおしりの穴出して」と声をかけると、「はーい」と機嫌よく返事してすぐにパンツを下ろし小さな尻を私の眼前に突き出して待っていました。肛門を何の恥ずかしげもなく出しじっとしてシールを貼られるのを待っている姿に、なんともいえないかわいさと幸せを感じるとともに「こんなかわいい時は二度とないかもしれない」という寂しさも感じたのでした。子供は一人なのでなおさらでしょうか。
 うまく子離れしたいですが、特に年老いて体が弱った時、自分がどうなるか自信がありません。あんなに疎ましかった親が今は障害者となり、近くに住み、いつでも駆けつけられるような生活になっていることもあり、いろいろなことを考えるようになりました。なるようになるとは思いますが、キーママさんの姿に、いずれの自分を重ねています。
 

親子ってなんだろう

 投稿者:キーママ  投稿日:2009年 6月26日(金)16時31分26秒
  はじめてお便りします。

夏舟さんの、‘「母親の愛情」という呪縛からいずれは自分を解放させる時が必要だと思います。そうでないと一生親を引きずってしまいます.
親子であっても他人,という考え方があってもいいと思うこの頃です・・・’という意見をとても切実に感じている母親です。

娘は大学から家を離れ、就職後も遠く沖縄に住んでいます。
小学生から母子家庭で、一人っ子だったので、親子としては濃密な関係だったと思います。大学時代も、家には年に二回しか戻らずにめったに連絡もしてこなかったので、寂しさには慣れっこになっていますが、時々、彼女がどうしているのか気になって電話をするのですが、詮索されるのが鬱陶しいので冷たくあしらわれます。何か嬉しいときには、真っ先に知らせたいと思っても、お母さんの恋人ではないのだから、というような受け応えに悲しくて泣きました。

来月、彼女を訪問しようと計画した沖縄への旅も、一日だけは付き合うけれども、それ以上は忙しいからと言われ、とてもショックです。年に一度か二度、数日しか会えないというのに、親子で何でも話せた頃が懐かしく思われます。彼女はもう私の思うようには生きてはいない。親子の甘い感傷を排除して自分の人生に必死なんだろうと分かっていても、寂しさが私の日常を灰色にしています。

きっと、死ぬか生きるかの大病でもしない限り真剣に親のことなど考えることもないでしょう。

今、誰も弾かなくなった必死でローンを払って買ったピアノを見るたびに、あー、あの時代は終わった。1人で生き抜くしかない、と自分に言い聞かせています。そうすることが、子供への最大の贈り物でしょうか。

連絡も無いなあ、と思っていたら、一行だけのメールで「頑張りすぎて痔になった」とありました。
 

ありがとうございました

 投稿者:Scherr  投稿日:2009年 6月22日(月)12時30分15秒
  返信してくださり感謝しています。
あの後、先生の「こころ医者」や「アルコ−リズム」を再読し
病棟が減少しつつある現状を納得しました(恥ずかしい…)
うちは女子も混合の数少ない病院なんですが
摂食障害を抱えている方がほとんどで
現在、その方面の勉強会出席にも励んでおります
摂食障害(先生もこれからは増えると見通しておられた)に関しては
さらに理解に苦しむ点があるので、こころ医者めざしがんばりたいと思います。
先生のような「頼れる大人」がいてくださること嬉しいです。
 

濃い親子関係

 投稿者:夏舟   投稿日:2009年 6月17日(水)10時18分30秒
編集済
  夏舟です.

「告白」 湊かなえ著を読んでみました.
その中で,「価値観や基準というものは,生まれ育った環境によって決められる.そして,人間を判断する基準値は,一番最初に接する人物,つまり,大概の場合は母親によって定められるのではないかと思う.・・・自分の周囲には,母親以外に死んだら惜しいと思う人間は誰一人いないということだ.」という文章がありました.

「親子ってなんだろう」と改めて,考えている最中です.
スタートは母親であっても,成長の過程で,色々な人との出会いで,どんどん価値観や判断基準も変わっていきます.むしろ親の価値観や基準を乗り越えて(あるときは否定)していくものであると思います.
「母親の愛情」という呪縛からいずれは自分を解放させる時が必要だと思います.
そうでないと一生親を引きずってしまいます.
親子であっても他人,という考え方があってもいいと思うこの頃です・・・.

わたしはカミュの「異邦人」が若いころの愛読書でした.
主人公が母親の葬式で涙を流さなかったということで,裁判で批難される場面がありましたが,むしろわたしはそれでいいと思ったひとりです.愛していないから涙を流さなかったのではない.わたしもそのようなレベルになりたい,と思って読んでいました.
 

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